熊本城築城 【解決方法Q&A/疑問攻略/ブログ】
Q&A:熊本城築城について? 解決方法/評価
・加藤清正と福島正則、一般的知名度では加藤清正でしょうが、歴史的武功から観れば賤ケ岳1番槍の福島正則ですよね。どうして、加藤清正の方が知名度大なんでしょうか?熊本城築城だけが理由じゃないと思うんだけど。・熊本城築城当時の「永棟節」について熊本城の 「昭君の間」の抜け道があったとする、大工の話がありますがそれとは、別に築城当時の「永棟節」に「機密部屋 言うな 語るな ご法度ばい。抜け道ちゃどっちかい 小豆坂なるほど 契る 秋茄子 言うな 話すな 黙っとれ 内緒内緒」 とありますがこの >契る 秋茄子 この意味が分かりません。どんな意味かご存知の方 もしくは、「こんな意味では?」でも構いません。ちなみに 上の熊本弁の意味は「機密部屋(抜け道が隠されてる部屋)のことは、言うな 語るな ご法度だよ。抜け道は、どっちかな 小豆坂(抜け道を通ると、最終的に出る場所)なるほど 『契る秋茄子』 言うな 話すな 黙ってなさい 内緒内緒」全く、見当が付きません。よろしくお願いします。・朝鮮の築城技術加藤清正が、朝鮮出兵の折、下の石を抜いても崩れない朝鮮の石垣に注目し、技術者を日本に連れて来て熊本城築城の際に、垂直の武者返しの石垣を築きましたが、この技術は、朝鮮独自で生み出したものなのでしょうか?それとも、中国から流れて来た技術なのでしょうか?中国から流れて来た技術ならば、何故朝鮮にその様な堅固な石垣が必要だったのでしょうか?・城郭ファンに質問です。熊本城御殿の復元ドキュメンタリーを観ました。NHK-BShiで 2月10日19時から放送しました。(2/18(月) 後2:00−3:50に再放送されました。)私思ったのですが、番組の構成が今一でした。1. 発掘状況を詳細に観せてくれなかった。2. 平面図が残されていることを知ったのは番組が大分進行してからであった。(既に建築された姿が映された後だった。)3. 発掘調査の結果と残された平面図との整合性についての説明がなかった。(一番関心あるところ。)4. 消防法の関係で、消防車を停車させるための空地確保の関係で元々あった位置に玄関が造れなかったので別の位置にずらさざるを得なかったのだが、そういう説明がなかった。5. 平面は図面から分かったとしても立面の復元に役立った写真などの資料の説明がなかった。6. この度の復元設計者はだれなのかの説明もなかったし、耐震対策などの話も聞けなかった。7. 畳や壁画や襖絵の再現にはふれていたが、大工工事については一部が流されただけだった。8. BGMが過剰で番組構成の欠点を誤魔化している印象が気になった。9.清正は、名古屋城の石垣も造らされていた筈だが、熊本城築城の時期とは重なっているのかの説明もなかった。10.清正は、名古屋城以外の城(例えば徳川時代の大坂城の改築や江戸城の築城、他)にも駆り出されていたのかも示されなかった。というのが私の感想でしたが、皆さんはどのように感じましたか?
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